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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)1574号 判決

原告 花井武

右訴訟代理人弁護士 岡本弘

被告 脇田久美男

右訴訟代理人弁護士 数井恒彦

主文

一、被告は原告に対し金一、四一一、〇五〇円及び昭和四八年七月一九日以降完済にいたるまで、内金一、二八七、〇五〇円に対する年六分、内金一二四、〇〇〇円に対する年五分の割合による各金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告において金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は次のとおり請求の趣旨、請求の原因、被告の主張に対する反論を陳述した。

(請求の趣旨)

被告は原告に対し金一、四二四、〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年七月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、原告は精肉販売を、被告は店舗賃貸をそれぞれ業とするものである。

二、原告は被告よりその所有にかかる一宮市大字笹野前田向四四五番地所在の葉栗ショッピングセンター内の店舗一六・八〇平方メートルを昭和四七年九月一一日、賃料半月分金一四、〇〇〇円、賃貸期間三年、保証金一、〇〇〇、〇〇〇円、敷金三〇〇、〇〇〇円、賃借人はいつにても即時解約をなしうるとの約で賃借し、右保証金及び敷金の各支払をなした。

三、原告は昭和四八年五月末ころ被告に対し同年六月二七日解約する旨予告した。

四、ただ被告の希望に応じて原告は解約明渡を同年七月一一日に延期し、同日右店舗内の自己所有の別紙物件目録記載の物件(以下本件物件という)の搬出を始めたところ、被告が次の肉屋の出店がきまるまでは搬出させないと妨害し、搬出口に施錠して本件物件を自己の占有下におさめてしまったため、原告は搬出をはたすことができなかった。

五、(敷金返還債務の発生)

賃貸人の敷金返還債務は賃貸借終了後賃借人が賃借物件を債務不履行なくして明渡したことを停止条件として発生するものなるところ、原告が昭和四八年七月一一日賃貸借契約を終了せしめ、明渡の実行に着手した際、被告が後記のごとく法律上明渡の妨害を正当化するなんらの事由が存しないにもかかわらず、故意に原告による明渡を妨害したものであるから、右停止条件は成就したものとみなさるべく(民法一三〇条)、前記の昭和四八年七月一一日に被告の敷金返還債務は発生した。

仮に然らずとするも、同月二〇日、原被告の合意のうえ原告が明渡をなしたから、おそくともそのときまでには右敷金返還債務は発生した。

六、(保証金返還債務の発生)

1.本件賃貸借契約書(乙第一号証)は、被告が建設協力金契約を含む賃貸借契約の一般的書式に従って作成したものであり、本件保証金は賃貸店舗建築に先立って徴収、差入がなされたものであるし、その金額は賃料一か月分の三六倍に相当しその返還につき据置期間・年賦償還の約があり、しかも賃貸人の権利を担保するための敷金三〇〇、〇〇〇円が別に差入れられていることからして、本件保証金はいわゆる「建設協力金」にほかならない。

2.ところで建設協力金は貸店舗等建設・賃貸による賃借人の受益の対価として賃料のほかに賃貸人が資金的に安定する一定時期まで賃借人からの借入金の運用による利益を賃貸人に得させようとするものであるから、賃貸借契約が終了し、賃借人が受益することがなくなったときには、賃借人に返還さるべきこととなる。従って建設協力金契約にかかる据置年賦償還条項は、あくまで賃貸借契約が存続することを前提として、契約終了前でも賃貸人が資金的に安定する一定時期から年賦償還せんことを約したものにすぎず、それ以前に賃貸借契約が終了し店舗等賃借による賃借人の受益が生じなくなった場合には最早適用なく、建設協力金は契約終了と同時に賃借人に返還さるべきである。

七、(損害の発生)

1.賃借人は解約の有無、有効無効にかかわらず、賃借店舗内の自己所有物件を搬出することは全く自由であり、賃貸人は原則としてこれを妨げる権利を有しない。殊に原告にはなんらの債務不履行なく、しかも敷金三〇〇、〇〇〇円、保証金一、〇〇〇、〇〇〇円を被告に差入れているのであるから、被告には原告が自己所有物件を搬出することを妨害する権利はなんら有しなかった。

2.しかるに、被告は昭和四八年七月一一日原告が備品業者・運送業者を伴って自己所有物件を搬出せんとした際にそれを妨害すれば、原告に損害を生ずることを熟知しながら、次の精肉販売業者の出店がきまるまで、自己のショッピングセンター内に精肉販売業者が欠けるのは、センターの体裁上面白くない、自己の希望を容れられないといった腹立たしさから、搬出口に施錠して原告による搬出を妨害し、原告所有物件を自己の占有下におさめて原告の占有を奪うといった暴挙に及び、原告に対し備品業者三洋冷房株式会社へ支払った移動工事費金一二四、〇〇〇円の無駄な出費をさせ、同額の財産上の損害を蒙らしめたものであって、被告の右暴挙は法律上全く根拠のない違法行為である。

八、よって、被告に対し、敷金三〇〇、〇〇〇円、保証金一、〇〇〇、〇〇〇円の返還と、損害賠償金一二四、〇〇〇円の支払並びにこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和四八年七月一九日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張に対する反論)

一、被告の主張一、二について

1.本件賃貸借契約二二条は六か月前予告解約と即時解約とを規定し、後者の場合には賃借人が賃料六か月分担当額を支払うべしとするが、これも六か月分賃料相当額を提供することが即時解約の有効要件としたものでもなく、また右の提供をしなければ敷金返還請求権が発生しないとするものでもないから、賃借人が敷金三〇〇、〇〇〇円から六か月分賃料相当額を差引かれることを前提として即時解約をするのももちろん有効である。更に右二二条は六か月内予告解約を認めないとするものではないし、一、二か月前予告にまで書面を要求するものではない。

2.被告は、原告において六か月分の賃料の支払義務あるところ、これに応じないので本件物件の搬出を阻止した旨主張するが、被告は「次の肉屋がみつからないから出ていってもらってはこまる」といっただけで、賃料六か月分を支払えとはいっていない。原告は昭和四八年五月末に即時解約の申入をなし、被告の希望で同年六月二七日まで、更には同年七月一一日まで明渡を待ったからとて、そのために次の肉屋が見つかるまで解約しない旨の解約権放棄の法律上の合意ができたことにはならない。すなわち、原告が明渡を二回にわたってのばしたからといって、被告の希望を事実上容れただけで、乙第一号証の内容を変更する内容の契約書が交わされたわけでもないのであって、法的拘束力を生ずる合意が成立したことにはならない。

二、被告の主張三について

1.未払賃料について

原告は昭和四八年五月末被告に対し解約の申入をしているから、それが一方的なものであっても、そのときから六か月分の賃料相当額を支払えばよいところ、同年七月一〇日まで前払いで支払っているのみならず、同月一一日に契約は終了し、また被告が次の肉屋を募集し同月二〇日には原被告間で改めて合意解約が成立したから、被告の損害賠償請求権は発生せず、結局原告は賃料相当額の支払義務を負わない。然らざれば、被告は同月二五日から次の精肉業者に出店させて賃料をとり、原告が賃借していた店舗を自ら青果業に使用し、二重に賃料相当額を利得することとなる。契約二二条但書の賃料六か月分相当額は次の賃借人がきまらない場合にはその範囲内で一方的に即時解約をした賃借人に損害を賠償させる趣旨にすぎない。

2.共同賦課金について

乙第一号証には共同賦課金の約定(金額)はないし、被告からその説明もなく、原告はその請求を受けたことも支払をしたこともない。ただ、共同負担金として、共同受益の電燈用、水くみあげ動力用電力料金の負担金を昭和四八年三月分金一、八五〇円、同年四月分二、一二〇円を支払っているが、被告が共同賦課金として主張する金額よりは少ないし、受益をしなくなった原告が六か月分も負担しなければならない根拠がない。乙第一号証の共同賦課金に関する部分は本件賃貸借の実体にそぐわないもので契約としての効力を有しない。

3.電気器具費について

原告を含む葉栗ショッピングセンターのテナント全員が昭和四八年一二月六日の開店に先立ち、被告を介して氏名不詳の電気工事事業者に配線を依頼した。原告は機械備品を納入した三洋冷房株式会社に電気機器の設置・アースをしてもらっていたため、ただコンセントの取付とコンセントまでの配線を被告を介して右電気工事事業者に依頼した。従って電気器具といえそうなものはコンセント三個のみであって、原告が引揚げたのは右のコンセント三個のみである。

4.原状回復義務違反について

被告の原告が原状回復義務に違反したとの主張は否認する。原告は本件物件搬出後細心の注意を払って点検し、パイプを通していた壁の穴をうめる必要があると考え、翌日出直して穴うめをしたのであるが、その他にはなんら措置を講ずる必要のある個所は発見しなかった。

三、被告の主張四につき

被告は本件保証金が賃借人による完全履行の保証あるいは中途解約防止のため支払われたものと主張するが、前者の目的のためとすれば、何故別に敷金三〇〇、〇〇〇円が差入れられたか説明できないし、後者は期間内解約にかかる契約二二条と矛盾する。

被告は違約金をとるかわりに返還期限を長期にしたものと主張するが、契約二二条あるいは賃貸借期間に関する二条と矛盾する。

被告は昭和四八年七月二五日までに別の精肉業者に賃貸して出店させ、同月二八日には開店させているうえ、その者から保証金(建設協力金)一、二〇〇、〇〇〇円を差入れさせているのであって、もし、被告が本件保証金を据置年賦償還条項によって返還すればよいとすれば、被告は一個の貸店舗の賃貸により二重に保証金を長期に無利息で運用できるに反し、原告は第三者に債権譲渡あるいは質権設定すら禁じられていて利用する術がないといった不当不均衡な結果となる。本件保証金返還債務は契約終了と同時(昭和四八年七月一一日)に発生したものであるが、仮に然らずとしても合意解約の成立した同月二〇日に発生したものであり、仮に然らずとするも、被告が別の精肉業者から保証金一、二〇〇、〇〇〇円を受領したときに発生したものである。その業者は被告が乾物屋をしていたところに出店し、被告が原告の明渡したあとへ移って八百屋をはじめたが、このことは保証金返還債務の発生を妨げるものでない。

被告訴訟代理人は次のとおり、請求の趣旨に対する答弁、請求の原因に対する答弁及び被告の主張を陳述した。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、原告の請求原因一は認める。

二、同二のうち、賃借人はいつにても即時解約をなしうるとの点は否認し、その余は認める。

三、同三の事実は認める。

四、同四のうち、原告がその主張日時に本件物件の搬出を始め、被告がこれを阻止したことは認め、その余は否認ないし不知。

五、同五ないし八の事実及び主張は争う。

(被告の主張)

一、原被告間の昭和四七年九月一一日成立の契約内容は次のとおりである。すなわち、期間内解約につき借主である原告が本契約を解約しようとするときは、貸主である被告に対し、解約の六か月前までに書面により、その予告をしなければならず、もしそうでなければ、原告は賃料および共同賦課金六か月分相当額を被告に支払わなければならない約束であった。

二、ところが原告は右約旨に反し、昭和四八年五月末頃口頭で同年六月二七日解約する旨被告に申し向けたので、同年五月末から六か月分の賃料及び共同賦課金を支払う義務あるところ、被告の請求に応じないため、本件物件の搬出を阻止したまでである。原告は同年七月二〇日本件契約は合意解除された旨主張するが、被告は原告より六か月分の賃料及び共同賦課金を徴収することを前提として原告の解約申入を承諾したにすぎない。

三、原告は昭和四八年七月二〇日本件物件を搬出してしまったから、被告に対し六か月分の賃料金一六八、〇〇〇円、六か月分の共同賦課金二一、六〇〇円、原告の搬出した電気器具費金三〇、二〇〇円、原告が原状回復義務に違反して放置していったため被告の出捐した金三二、五〇〇円合計金二五二、三〇〇円を支払う義務あるところ、契約書四条四項に基づき敷金をもって充当したので、返還すべき敷金残額は金四七、七〇〇円にすぎない。

四、保証金については、契約書五条により八年間据えおき、以後七年間均等償還するとあり被告は未だ償還義務はない。保証金は賃貸借契約の期間中の完全履行を保証するため、換言すれば中途解約防止のために支払われるもので、契約後半年以内に解約した場合は保証金から一定部分の違約金を支払う特約がなされることが多い。しかし、本件契約においては違約金をとるかわりに、返還期間を長期にして前記目的を達しようとしているのであって、原告の保証金に関する主張は当らない。

五、原告の請求する損害金は被告においてなんら支払う義務のないものである。

(証拠)〈省略〉。

理由

一、原告が精肉販売を、被告が店舗賃貸をそれぞれ業とするものであること、原告が被告よりその所有にかかる一宮市大字笹野前田向四四五番地所在の葉栗ショッピングセンター内の店舗一六・八〇平方メートルを昭和四七年九月一一日賃料半月分金一四、〇〇〇円、賃貸期間三年、保証金一、〇〇〇、〇〇〇円、敷金三〇〇、〇〇〇円の約で賃借し、右保証金及び敷金を被告に支払ったこと、原告が昭和四八年五月末ころ被告に対し同年六月二七日解約する旨の予告をなしたこと、原告が同年七月一一日本件物件の搬出を始め、被告がこれを阻止したことは当事者間に争いがない。

原告は被告との間の本件店舗の賃貸借契約において賃借人はいつにても即時解約をなしうるとの約であった旨主張し、被告はこれを争い期間内解約につき借主である原告が本契約を解約しようとするときは、貸主である被告に対し解約の六か月前までに書面によりその予告をしなければならず、もしそうでなければ原告は賃料及び共同賦課金六か月分相当額を被告に支払わねばならない約束であったと主張する。

ところで成立に争いのない乙第一号証(葉栗ショッピングセンター賃貸借契約書)によれば、原被告間の賃貸借契約二二条において「賃貸借の期間中原告が本契約を解約しようとするときは、被告に対し解約の六か月前までに書面によりその予告をしなければならない。ただし原告は賃料及び共同賦課金六か月分相当額を被告に支払い、即時解約することができる」旨の約定がなされていることが認められ、原告において解約の六か月前までに書面により予告をしたことにつき主張立証のない本件においては、原告は賃料及び共同賦課金六か月分相当額を被告に支払わなければ、即時解約をなしえない筋合であり、賃借人はいつでも即時解約をなしうる約定であったとの原告の主張は採用できない。

成立に争いのない甲第三、第四号証、原告本人並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

(一)原告は精肉販売店に勤務していたものであるが、独立して精肉小売店を経営するため、昭和四七年夏頃から貸店舗をさがしているうち、被告が葉栗ショッピングセンターを建築することを知り、附近に市営住宅六〇〇戸位と県営住宅四五〇戸位があって、ショッピングセンターとして成功するとの説明をきき、昭和四七年九月一一日被告との間に賃貸借契約を結び、右ショッピングセンターは同年一一月頃完成し、同年一二月六日開店の運びとなった。

(二)ところが、原告の精肉店の営業成績は悪く、昭和四八年二月頃から赤字経営となったので、同年五月末頃被告に対し同年六月二七日明渡す旨解約を通知したところ、被告は次の肉屋を募集するから肉屋の入居者が見つかるまで約一か月待ってくれと申入れたので、原告においてもこれを了承し、同年七月一一日まで延期することとした。

(三)原告が同年七月一一日備品業者、運送業者を伴って本件物件の搬出を始めたところ、被告は次の肉屋の見つからないのに出ていってはいけない旨申し向け、備品をもち出す搬出口に施錠したため、原告は本件物件の搬出をすることができなかった。

(四)原告は名古屋市瑞穂区中根町に新店舗を借受け、同年七月二五日開店の予定になっていたので、間に合わないことをおそれて名古屋地方裁判所に仮処分申請をなし、同月一四日仮処分決定を得て、同月二〇日名古屋地方裁判所一宮支部執行官林平三による仮処分の執行に及んだ。

(五)ところが、被告は原告に対し、次の肉屋が見つかったから本件物件を早く引揚げてもらうべく内容証明郵便を発送するところであった旨申向け、任意引渡に応ずる旨申し立てたので、原告は仮処分の執行申立を取下げ、本件物件を任意引渡をうけ、本件店舗を完全に明渡した。

以上の次第が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、敷金返還債務の発生について

原告は敷金返還債務は賃貸借終了後賃借人が債務不履行なくして明渡したことを停止条件として発生するところ、原告において昭和四八年七月一一日本件賃貸借契約を終了せしめ明渡の実行に着手したが、被告が前記のとおりこれを故意に妨害したから敷金返還債務の停止条件は成就したものとみなされるべきである旨主張する。

しかしながら、昭和四八年七月一一日の段階においては、原告より被告に対し、六か月前の解約の予告もしくは六か月分の賃料等の提供がなされたことの立証のない本件においては、原被告間の本件賃貸借契約は解約に至っていないものというべく、原告よりの一方的解約申入にもとづく賃貸借契約の終了を前提とする敷金返還債務が同日発生したとの原告の主張は失当である。

ところが前記認定のとおり同月二〇日原告が仮処分執行に及び、被告が任意物件引渡に応じた段階においては、合意解約が成立したものと解されるから、本件店舗の賃貸借契約は同月二〇日の合意解約により終了するにいたったものというべく、敷金返還債務も同日発生したものと解される。

被告は原告より六か月分の賃料及び共同賦課金を徴収することを前提として原告の解約申入を承諾したにすぎない旨主張するけれども、被告より原告に対し六か月分の賃料及び共同賦課金を支払えば解約申入を承諾する旨申し向けたとの事実を認めるに足る証拠なく、却って前記認定事実に徴すると、原被告双方ともに即時明渡の必要を感じ合意解約が成立したものというべきであるから、原告よりの一方的解約申入の際の六か月分の賃料及び共同賦課金の支払条項は適用されず、被告の右主張は採用できない。

三、保証金返還債務の発生について

前示乙第一号証によれば、原被告間の本件賃貸借契約第五条には保証金として「本契約締結と同時に保証金一、〇〇〇、〇〇〇円を預託する。保証金は八年間据え置き、以後七年間均等償還とする。保証金は無利息とする。」と定められていることが認められる。

被告は右規定にもとづき、被告には未だ保証金の償還義務はない旨主張するから、右保証金の性質について検討するに、右保証金は建物完成(昭和四七年一一月)に先立つ契約時(同年九月一一日)に差入れられていること、金額は賃料一か月分二八、〇〇〇円の約三六倍にあたること、その返還については据置期間年賦償還の約があること、右保証金のほかに前記のように敷金三〇〇、〇〇〇円(契約書第四条)が差入れられていることを綜合して考えると、右保証金は原告主張のごとく「建設協力金」とみるのが相当である。いわゆる「建設協力金」が貸店舗等建設賃貸による賃借人の受益の対価として賃料のほかに賃貸人が資金的に安定する一定時期まで賃借人の借入金の運用による利益を賃貸人に得させようとするものであることは原告主張のとおりであり、従って賃貸借契約が終了し賃借人が受益することがなくなったときには賃借人に返還さるべきものと解される。けだし本件賃貸借契約の条項中に「賃貸借の途中解約の場合にも保証金は返還せず、据置年賦償還条項に従う」旨の規定はないのみならず、被告本人尋問の結果によって認めうるように、被告はすでに新たに入居した肉屋より保証金一、二〇〇、〇〇〇円の納入を受けていることよりみると、原告に保証金を返還しなければ、被告は保証金を二重に取得する結果となるばかりでなく、前示乙第一号証(五条二項、一一条)によって認められるように保証金返還請求権の譲渡、質権設定の禁止、賃借権の譲渡、転貸禁止の特約があるため、原告には保証金の利用、回収方法がないことを勘案すると、本件保証金の据置年賦償還条項は賃貸借が継続している場合にのみ適用されるものと解するのが相当であり、被告の保証金返還債務は契約終了明渡と同時に発生するものというべきである。

被告は保証金は契約期間中の完全履行を確保するために、換言すれば中途解約防止のために支払われるもので、違約金をとるかわりに返還期限を長期にしたにすぎない旨主張するが、前記のとおり敷金三〇〇、〇〇〇円が別に差入れられていること、契約二二条には期間内解約の定めがあり、解約防止のための保証金というのであれば途中解約をなしうることと矛盾すること、賃貸借期間については契約二条により昭和四七年九月一一日より昭和五〇年九月一〇日までの三年間と定められていて、据置期間八年、七年間均等償還というのは右約定とも矛盾する結果となることを彼此勘案すれば、被告の主張は到底採用できない。従って前記の本件賃貸借契約の合意解約の日である昭和四八年七月二〇日に、被告の原告に対する保証金一、〇〇〇、〇〇〇円の返還義務も発生したものというべきである。

四、損害の発生について

賃借人は解約の有無、有効、無効にかかわらず、賃借店舗内の自己所有物件を自由に搬出することができ、賃貸人は原則としてこれを妨げる権利を有しないことはいうまでもない。

前記認定のごとく原告が備品業者、運送業者を伴って本件物件を搬出しようとした際、被告においてこれを妨害すれば原告に損害を生ずることは当然知っていたものと推認される。搬出口に施錠して原告の搬出を妨害した被告の行為は故意による不法行為というべく、これによって蒙った原告の損害につき被告は賠償義務あるものというべきである。

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第二、第五号証によれば、原告は金一二四、〇〇〇円を備品業者である訴外三洋冷房株式会社に支払っていることが認められるので、原告は同額の損害を蒙ったものというべく、被告は損害賠償として右金一二四、〇〇〇円の支払義務あるものといわねばならない。

五、未払賃料、共同賦課金、電気器具費及び原状回復義務違反による損害について、

1.未払賃料につき、

原告本人尋問の結果によれば、昭和四八年七月一〇日までの賃料は支払ずみであることが認められ、合意解約が成立し物件引渡を受けた同月二〇日までの一〇日間の賃料が未払というべきところ、当事者間に争いのない賃料半月分金一四、〇〇〇円を日割計算すれば一〇日分の賃料は金九、三三三円(円未満切捨)となる。

被告は原告において六か月分の賃料金一六八、〇〇〇円を支払う義務があるというが、前記のとおり合意解約と認むべき本件においては借主の一方的解約申入による場合の六か月分賃料の支払条項は適用されないものというべく、被告の主張は採用できない。

2.共同賦課金につき、

成立に争いのない甲第七号証の一、二によれば、共同負担金として原告は昭和四八年三月分金一、八五〇円、同年四月分金二、一二〇円を支払っていることが認められるが、同年五月分については支払ったことの主張立証がないから、四月分に準じて合意解約の成立した二〇日までを日割計算すれば金一、三六七円(円未満切捨)となる。

被告は原告において六か月分の共同賦課金二一、六〇〇円の支払義務がある旨主張するが、前記のとおり合意解約と認められる本件においては、借主の一方的解約申入の場合の六か月分の共同賦課金の支払の条項は適用されないから、原告の右主張は失当である。

3.電気器具費につき

原告は被告の取りつけたコンセント三個を引きあげたことを自認しているから、右コンセント三個の代金の支払義務あるところ、被告本人尋問の結果により成立を認めうる乙第二号証の二によれば、右代金は金二、二五〇円と認められるから、原告は被告に対し右金額の支払義務あるものというべきである。

被告は原告において電気器具費金三〇、二〇〇円の支払義務あるというが、右コンセント三個分のほかに原告が電気器具を引上げたことを認むべき証拠なく、被告の右主張は採用できない。

4.原状回復義務違反による損害につき、

被告は原告が原状回復義務に違反して放置していったため、金三二、五〇〇円を出捐せざるをえなくなった旨主張する。

しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告において本件店舗を明渡す際、パイプを通していた壁の穴をふさいで原状回復をしたほかは、原状回復を要するような個所を発見しなかったことが認められる。

尤も、被告本人尋問の結果とこれにより成立を認めうる乙第四号証の一ないし七によれば、原告の明渡したあとには、乙第四号証の一ないし七に写された痕跡が残存していることが認められるけれども、右痕跡を目して原状回復義務の対象としなければならない程度のものとは認められないのみか、被告本人尋問の結果により成立の認められる乙第三号証の一、二は見積書にすぎず、未だその工事はなされていないこと、現に被告本人が右店舗を八百屋営業に使用していることは被告本人尋問の結果により明らかであって、右事実に徴しても、被告の主張は失当というべきである。

5.以上、原告が被告に支払うべき金額は、未払賃料金九、三三三円、未払共同賦課金一、三六七円、電気器具費金二、二五〇円、合計金一二、九五〇円となるところ、右金額は前示乙第一号証の契約第四条(4)に基づき、被告において敷金をもって充当することができるから、右金額を敷金より控除すれば、被告より原告に返還さるべき敷金の残額は金二八七、〇五〇円となる。

なお、敷金及び保証金は商人である原告の附属的商行為である営業店舗の賃借に伴うもので、右各返還請求権は商行為によって生じたものと解しうるが、本件物件の搬出を妨害した被告の不法行為にもとづく原告の損害賠償請求権は商行為によるものとは解せられない。

六、以上の次第で、原告の本訴請求は敷金残額金二八七、〇五〇円、保証金一、〇〇〇、〇〇〇円、損害金一二四、〇〇〇円合計一、四一一、〇五〇円と本訴状送達の翌日なること記録上明らかな昭和四八年七月一九日以降完済にいたるまで内金一、二八七、〇五〇円に対する商事法定利率年六分、内金一二四、〇〇〇円に対する民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却し、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒木美朝)

〈以下省略〉

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